九州旅行 in福岡 その2|冬の志賀島の海と金印公園、本物はどこにある?
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2025年2月22日、太宰府天満宮の次は志賀島へ。冬の海岸と金印公園を巡り、海の景色と金印の展示を写真に残しました。
この日の感想は・・・とにかく寒いw
読み方は「しかのしま」。福岡市にある、海の中道と陸続きの島です。
午後は休暇村志賀島の海岸から、金印公園へ。公園で見たのは金印をかたどった展示物で、本物ではありませんでした。その話も、後ほど。
休暇村志賀島の海岸

「玄海国定公園」「休暇村 志賀島」の看板。
休暇村志賀島は、玄界灘に面した海辺にあります。今回は、看板の先に広がる海岸を写真に残しました。

砂浜の向こうには、青い海と島影。
この日は波が白く崩れ、浜へ何本も寄せていました。空には雲もありますが、青空が広がっているところも見えます。
海の青と、波の白。写真にすると、その境目がはっきりしています。

白い鳥居が見えるのは、志賀海神社の摂社「沖津宮」です。
沖津宮については、福岡市の公式紹介をご覧ください。
金印公園へ。発見の地に残る石碑

次は金印公園。
入口に立つのは「漢委奴國王金印発光之処」と刻まれた石碑です。公園は、1784年に金印が見つかったと伝えられる場所にあります。
ただ、福岡市の解説では、詳しい出土地や発見者には今も分からない部分があるそうです。「この足元から確実に出た」とまでは言い切れないんですね。

小さな石のモニュメントもありました。台の上には硬貨が置かれています。

案内図には、斜面に沿った道と、上の展望広場が描かれています。記念碑だけでなく、海を望む場所があることも分かります。
金印公園は海を望む場所にあり、対岸には能古島。金印の記念碑と海の景色を、一緒に見られる公園です。
金印は、何に使うもの?

説明板には、金印の形だけでなく、使い方の図もあります。
当時の中国では、文書を木や竹の板に書いていました。大切な文書を紐で縛り、結び目を粘土で封じて、そこに印を押したそうです。
途中で誰かが開けていないかを確かめるためのもの。金印にも、そんな役割があったんですね。

透明な展示の中に、小さな金色の印。
ここにあるのは金印をかたどった展示物で、本物の国宝は福岡市博物館の所蔵品です。
本物ではなかったのが、残念でした。



上や横から見ると、つまみの形も分かります。
本物の金印のつまみは、とぐろを巻いた蛇を表しています。穴もあいていて、紐などを通せる造りです。
印というと文字の面を見がちですが、上にも細かな形があります。
「漢委奴国王」の五文字と、海の景色

海を背にしたモニュメント。雲の間からの光が、水面に広がっています。

こちらには、金印の文字を大きくしたものが付いています。
「漢委奴国王」の五文字。福岡市博物館では「かんのわのなのこくおう」と紹介されています。
西暦57年、後漢の光武帝が倭の奴国の王に贈った印と考えられているものです。小さな印が、当時の中国との交流を伝えています。

説明板には、大きさや重さも。
本物は一辺がおよそ2.3cm、重さは約108.7g。大きく見える写真でも、実物は一辺が3cmにも届かない小さな印です。
海岸の波から、古い時代の金印の話へ。
寒さと、本物ではなかった金印のことが印象に残った午後。志賀島の海と、そのそばに残る歴史を写真に収めました。
施設の案内・最新情報:休暇村志賀島 / 金印公園(福岡市文化財) / 金印(福岡市博物館)
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